2017年6月14日水曜日

MKTの渡り鳥の法則/渡り鳥理論は思い込み? 〜蝶とタカから学んだ渡りの理由〜

セミナーで語られてきた「渡り鳥の法則」というものがある。
2014年当時聞いたとき、「なるほど!これは面白い」と思った。
少したった後、「渡り鳥の法則」について調べてみた。



しかし、ない。

NLPセミナーなどで語られている話しか、検索しても出てこない?
「渡り鳥理論」とか、別名もあるみたい。

これは、騙された?勘違い?思い込み?


そーんな疑問がふつふつわいて、もやもやしていた日々。
答えは自然の中にあった。
2016年秋、あったと思って再検索してみた。
出てきた。
答えは、ちょっとホントでちょっと嘘?勘違い?の作り話だった。

とあるNLPセミナーで聞いた「渡り鳥の法則」は、初等教育の重要性を再認識させてくれるものの、渡り鳥の飛び方の一部を取り入れた勘違い話だった。

実際はどうなのか・・・

実はこの話を聞く前に、私は奄美大島で世の中には渡り鳥だけではなく渡り蝶もいて、日本の本州から沖縄方面にかけて渡っている、ということを聞いていた。
蝶にマーキングするので、どこから飛んできたのかが分かるという。
しかし2008年当時、聞いた人によればどうやって渡るのかは分かっていないとのことだった。

蝶は軽いため、海の上でぷかぷか浮かんで休憩しながら進むのか・・・
鳥のように気流に乗って渡るのか・・・

この渡り蝶、アサギマダラというのだが、よく沖縄で見かける。
アサギマダラは群れで渡りをするようだ。
普段は個々で生活しているが、渡る前などに集合する模様。
鳥と同じように、蝶も呼び合うことができるらしい。

アゲハ蝶とのこれまでの出会いや、共同生活をしてみて考えた結論として、多くの人間には知覚できない超能力、みんなイルカのような能力、テレパシー能力があるんだな~と思った。
イルカって額らへんから出る超音波を顎らへんの骨を使って受け取り会話しているようだ。
人間は退化したと言われているが、利用できるとしたら第5と第6チャクラと言われるところらへんなんだと思われる。

アサギマダラは寒くなると沖縄周辺の島々へ渡り新しい命を育み、次世代以降が親に教えられなくとも暖かくなると本州へ戻るという渡りが繰り返される。

蝶は渡る前に何か特別な力をつけるのだろうか。

一気に飛んでいくのだろうか。

最近になってようやく、渡り蝶は海の上で休憩もしつつ、気流に乗り、鳥と同じように磁気を感知したりして渡っているらしいことが分かった。

そして、2014年にはセミナーで語られてきた「渡り鳥の法則」なんて本当の渡り鳥の渡り方には基本関係ないことなので、この検索ワードでは渡り鳥に関するどの論文や研究結果もネットでは出てこなかったのだ。
その為、多くのビジネスパーソンは事実に辿りつけず分からなかったのである。

話はもどり、、、
屋久島でのこと、島をよく知るガイドさんと出会う。
知る人ぞ知る、屋久島がまだ世界遺産になる前、屋久島のガイド発足の中の一人。
仙人みたいになるのかな・・・と思っていたら、お父さんになっていた。。。

その日、ちょうど九州からシラサギやタカが屋久島に渡ってきた。
シラサギはタカなどから身を守る為、群れで休んでいるらしい。
これが、群れで渡る理由のひとつなのだろう。

空をよ~く見上げると、黒い点々がわっさわさ。

くるくるまわってた。
よ~く見てみて。

みんなでくるくる上がっていって、ピーっと少し一直線に次の渦巻き地点、上昇気流へ進む。

見たことある人なら分かるはず。
タカの飛翔って、バサバサさせてない。


これは、省エネ飛行、滑翔というそうだ。


ここで、セミナーで聞いた話をしたらガイドさんから疑問符が投げかけられた。
羽ばたいて飛ぶ鳥のこと言ってるの?

どうやら、鳥は種によって渡り方が違うそう。

ガイドさんによると、タカは人間には感じられない感覚があり、どこに上昇気流があるのかが分かるそうだ。
大気が何らかの理由で上昇する流れのことを上昇気流というようだが、タカは真上に上がる上昇気流を見つけ、上昇気流に乗って円を描きながら上がっていく。
群れで渡るので、一つの上昇気流の中を何匹もの、、、多分100匹くらいのタカが真上へくるくると上がっていく。

バサバサさせない。
そして、次に乗る上昇気流を見つけ、一匹ずつ大移動。
ピーっと少し一直線。
その時、少しバサバサしたかな?


この上昇気流に乗る情景、タカ柱は運が良いといっぱい見られるらしい。
次から次へと、別のタカグループが私の前や真上の上昇気流を捕まえて、くるくるくる、と飛んでいく。
これを何度も繰り返し、屋久島などで休憩もしつつ、海も超えて渡っていく。

今日はいい日だね、とガイドさん。
運、良かったみたい。

タカは常にどこにでもある上昇気流に乗っかって、直ぐに次の上昇気流へ移動して滑翔をしていた。
二つの上昇気流間は、思っていたよりも近い。

これは、「一気に目的地まで飛ぶ」という感じではないな~。
すこ~しずつ、すこ~しずつ、ちょっと楽に渡っている。

羽を羽ばたかせながら飛ぶ鳥にツバメがいる。
このような鳥は、渡りの前に体重を増やし、脂肪を蓄えてエネルギー、かてとする羽ばたき飛行だそうだ。
ここが、渡りがうまくいく秘訣を「渡り鳥の法則」で参考にした部分だと思われる。
おそらく蓄えた脂肪を蓄えた知識と変換したのだ。
しかし、実際には渡った後は増やす前の体重に戻る、使い切る。

また、羽ばたき飛行の鳥の中にはV字飛行をして、選手交代することで少しだけ体力を温存する(18パーセントくらい)という渡り方をする種がいるようだ。
興味深いことに、すべての種がV字飛行をするわけではない。
この飛行方法だと、自然の上昇気流を利用せず自分達で羽を動かして空気をかき混ぜて?いる。
扇風機みたいに風を自分達で発生させている。
ちなみに、水平方向に移動する気流はただの風のようだ。

自然の上昇気流を利用する方法も「渡り鳥の法則」で参考にした部分だと思われるが、タカなどが行う滑翔は蓄えた脂肪の量にあまり関係ないだろうし、上昇気流いっぱいあるし、近いし、多くの鳥は中継地や海上で休憩するから一気に飛んでいないと思う。



タカは人間に例えると、ウォーキング、有酸素運動みたいな渡りをしている??
ツバメは、マラソン、無酸素運動みたいな渡り?

また、ひな鳥は親鳥と一緒に中継地をより多くとって少しずつ進み、成鳥の群れとは進むルートも違うそう。
出発地点と最終到着地を直線で結べば一直線に渡ったように一瞬勘違いする人もいるかもしれないが、実際には大陸をクネクネ曲がって移動している鳥が多い。

法則では、事前に多くの準備をすることで高い上昇気流に乗れると断定しているが、準備する種は自分達で気流を作って羽ばたいているし、低い海面からの上昇気流でも渡れる種はいるようだ。

色々調べた結果、つっこみどころ満載の法則であることに気づく。
タカのように上昇気流を利用して渡る鳥は、どこまでも渡ることができる?
=最初にたくさんの脂肪(かて)は要らないかも。
ツバメのように翼を羽ばたかせ続けて渡る鳥は、小さい鳥の方が移動距離が長くなる傾向があり、目的地は種の大きさ、体重によって決まる?
=自然の上昇気流はあまり利用していないかも。


渡り鳥は目的地のような、適地を求めて飛んではいるだろうが、その年の適地を見つけることができればよいのだろう。
また、海鳥のカモメなどは海に餌がある為、低空飛行をしており、海上で休憩も出来る為、毎年同じ場所へ辿りつく可能性は高いだろう。

ここまでくると、セミナーで語られてきたこの法則は、二つの渡りの方法、滑翔と羽ばたき飛行(鳥の種類によって違う)、これを合体させた独自ミルトン方式理論であった?と理解した。

しかも、よく言えばで、実際には?

ミルトンとはNLPでいう催眠言語のことをいうのだが、これのすごいところは聴衆に信じて欲しいことをそれっぽく 話を繋げて信じこませる というものである。

要は催眠、洗脳である。
実際とは違ったとしても、それを聞いた聴衆が信じてくれればOK。
そして、事実の部分も若干ある為、信じこみやすい。

NLPの講師の中に、結局はすべて催眠だ という人がいた。
NLPとは、そういうものなのだろうと思った。
NLPの前提も、そういったものである。

この教えを信じてくれればあなたは救われる、みたいな。。。
ここにも準宗教としてのNLPの片鱗がある。
そして、セミナーで語られてきた「渡り鳥の法則」をはじめて聞いた時、私はNLPの次のコースや他のセミナーに参加してお金を落として欲しい、というマーケティングの営業目的な意図が入った話だと思った。
また、本当にそのような渡り鳥の習性があるのであれば面白いと思った。

調べて、聞いて、見て、今思うことは、鳥たちは私たち人間が普段あたり前のように行っていることをしていたのだ。

子供のうちは、親と一緒に少しずつ成長して歩いていく。
ウォーキングは準備があまりいらず楽だけど、マラソンは事前準備が必要で息切れして体力がいる。
そして、当然のことながら毎年の恒例行事の為慣れている。

さらに、多くの人間にはできない磁気や上昇気流を見る力、離れた仲間と通信する力などが鳥たちにはある。
鳥の生態や餌の種類は多岐に渡り、いまだ解明されていないことはあるだろう。
例外はあるだろうが、現在の研究結果として多くの渡り鳥に言える法則として考えてみた。

思うに渡り鳥たちは生きるか死ぬかの生存競争の結果、餌がある適地を求めてお引越しを与儀なくされた種であり、遊牧民生活をしていた。

これを人間に当てはめると、目標=生存、であり 渡り鳥のように人間もぜいたくをせず、謙虚に慎ましい生活をしよう と考えられるのである。

北半球の国の選択により、鳥が渡りをしなくても良い日がくる可能性はあるのかもしれない。

このタカ柱とシラサギの群れに迎えられた日。
屋久島の眼が良いガイドさんとの知識の共有。
このセミナーで語られる法則は勘違いしたまま人には話さないで欲しいと願う。


石の重心を感じ、石をたてる。

石に重心があることも知らなかった。
たてるコツがあることも知らなかった。

そして、まだまだ修行が足りない。

コツをつかみ、一人でたてることに慣れれば、
すぐにたてることができるのだろう。

まだ補助付きのいし。



一番多くの知恵と体験と喜びを与えてくれるのは、やはり自然なのであろう。

頭で考えることだけでなく、本が教えてくれることだけでなく、お金を払って教えて貰うことだけでなく。

一度外に出て自然に身を置くことで、見えてくるものがありそうだ。

セミナーで語られてきた「渡り鳥の法則」は誰が考えたのだろう。。。

きっとセミナーで語られる話は、冗談半分で聞いておいた方がいい。



2017年6月3日土曜日

なぜフォトリーディングはNLPの派生なのか?

フォトリーディングはNLPの営業販売スキルを使い、速読という分野を表立ってアピールし、裏で瞑想力をつけることを目的として作成されたと思われる。
ポール・シーリー博士は、ヒマラヤで瞑想のマスターにこれを世に広めなさいって言われたそう。

なぜNLPの派生なのか?
実際に日本のNLPのプラクティショナーで受講する内容とかぶるところはあるが、むしろ逆だと思った。
NLPらしさといえば、私たちが日々受け取れる情報は少ないというスライドの内容くらい?だと少なくとも6回くらい受けた感想としては思う。
始めのころ、フォトリーディングは3日間の内容のほとんどアレンジをしないで行っていたよう。
事細かに、設定されたシナリオをその通りに講師は読み上げればよかったようだ。
ただ、ある時を境に内容には講師のアレンジが加えられるようになったのかもしれない。
講師が独自に作った催眠言語や、どこからか仕入れてきたアイディアを入れて本来の教え方をしなくなっていく講師もいたようだ。

ある著名なフォトリーディングの受講生はそのブログの中でこんなようなことを言っていた。
「フォトリーディングは特殊能力を持った人を見つけ、開化させるトレーニング。
自分は根っこのプレゼントを貰ったが、特殊能力はすべての人が持っているわけではない。」
NLPを活用して心理カウンセリングを行っていることで有名な方なようだ。
そのプレゼントの種類によっては、大いにNLPという考え方を使って実際にはそのプレゼント内容を使って人を癒すきっかけを作ることができたかもしれない。

ただ、ポールさんは、すべての人の天才性の開花をさせたいというようなことを言っていた。
しかし、実際に民族や遺伝子によりこの特殊能力?天才性を開花させやすい人とさせにくい人はいるだろうと思う。
私が思う天才性の開化とは、松果体の活性化・瞑想力の開化だ。
松果体の石灰化の頻度が民族によって違うということは、そこと一致する。

NLPのセミナーの内容に、ポールさんが仕込んだ開化コンテンツを入れ込んだとしたら、NLPセミナー自体がフォトリーディングと同じ意味合いをもつだろう。
ただし、実際に受けた感想としてはNLPセミナーでは開化しない。

NLPを少しならった人はフォトリーディングを受ける人がある一定以上いるのではないだろうか。
NLPセミナーを受けている時と同時に受けたりするのではないだろうか。
ポールさんは自身の著の中で、自分はNLPの販売方法を活用したと言っている。
NLPの単語をくっつけることで、一時のアメリカの流行に乗ることができたのかもしれない。
逆にたんなる速読・瞑想セミナーだと言ってはアメリカでは相手にされなかったのかもしれない。

一時、日本でも一部の著名人がきっかけを与えたことにより、プレゼントを貰ったり、特殊能力を開花したくて流行したよう。
ただ、プレゼントを貰えたり、開化できる人が少なく下火になったのだろう。
私に紹介した人は、とても優秀な成績を持つ不動産会社の営業マンだった。
「世界が変わるよ。」とその人に言われたから受けたセミナーだった。
元からの能力が、その開化のスピードを決める可能性はある。
あきらめずに開化コンテンツを継続すると、プレゼントの種類は違うかもしれないけど、何かは貰えるかもしれない。


2017年5月28日日曜日

ネコ様との出逢い in 白山

宿にはネコがいた。
前々から思っていたけど、ネコってプロフィール写真のように正面と真横を取って欲しいみたい。
鳥に謝っているみたいで、かわいいね。




2017年2月8日水曜日

【 幼いうちは、悪いものを 】見ざる言わざる聞かざる 本当に伝えたいことは

栃木県の日光東照宮にはかの有名な三猿がいる。
言葉の意味は、「幼いうちは、純真で周囲の影響を受けやすい。だから世の中の悪いことは見聞きせず、悪い言葉も使わせず、良いものだけを与えよ。この時期に、良いものを身に付けておけば、悪いものに触れ(対し)ても正しい判断(行動)ができる。」ということである。

以前は、資料館にあったこの紹介だが、今は三猿のことを勘違いして解釈する大人が多いためなのか、前面にだしてある。

本当に人の学びに必要なことは、本来無料で提供されるべきものだと考えられる。
日本には道徳があった。
この道徳は、幼いうちに身に付けるべきものだったのだろう。
お金を払って得た教えには、金もうけの為のノウハウがちりばめられていることがある。

日本人のDNAと言われるD遺伝子は思いやり遺伝子と言われている。
日本人が海外と違ってカウンセリングを受ける人口が少ないのは、昔からの教え・道徳や親の在り方がよく、みんながカウンセラーであり思いやりやお世辞によって成り立ってきた文化だったからなのかもしれない。

日光東照宮,三猿

2017年1月4日水曜日

島内はゆっくり走ろう 蝶とシラサギからの伝言 in 伊良部島の鍋底のそばにて

2008年、私はよく旅行先の沖縄で原付に乗って走っていた。
パワースポット巡りが好きだった私は、宮古島のお隣、伊良部島のパワースポット・鍋底のそばを走っていた。

なべ底 子宮 入口 絶壁 危険 生まれ変わり 母胎

そこは伊良部島の周回道路。
あたたかい風が吹くその日。

見上げるとちょい曇りの周回日和。
雲が羽のよう。
誰もいない道、眼下には青い海。

  
バシっ!
「イタっ!」

 蝶にあたる。
  ミラーをのぞくと顔が黒い。

「いやぁ~ん。」
ふきふき。

  蝶にあたると黒くなる。
ふきふき。


 道にはカニが歩いてる。
 「ひいちゃうよ。」

ふと見ると、蝶が行き倒れている!
写真なし。

「飛べないの?」
             「うん。。。ぐすん。」 (勝手に想像)
 
片っぽの羽だけパタパタ。
飛べないみたい。

 「ここは道の真ん中だよ?」
             「うん。。。もうだめ。」 (勝手に想像)

 「よしよし。」
 蝶をはじめてつまむ。

 道の端に移す。
 「あっ、手が黒い。」
ふきふき。

 「一日一善♪ いいことした、ゆっくり走ろう!」

 走っていると道の真ん中に大きな白い鳥。



「シラサギ?」
  それは蝶に出会った直後。

 振返ってこっちをみている。
 原付をとめてみた。



バタバタ~。
すぐ飛び去ってしまった。

少し走るとまた道の真ん中にいる。
またこっちみてる。

近づくと、またシラサギが飛ぶ。
わたし追いかける。

 「これは・・・。ついて来いって言っている!」
そう思った。

シラサギ、飛ぶ~。
私、追いかける~。

飛ぶ~。
追いかける~。


  まるで、白ウサギを追いかけるアリスみたい!

ちょっとちがうけど。

何回か追っかけていると・・・

「あっ!シラサギが脇道に入っちゃった。」

 無意識?
  呼ばれている気がする。
  それは、ふしぎな感覚。

 それは、脇道に入った瞬間のこと。


空をふわぁ~と、蝶が舞う。

入った瞬間ふわぁ~っと。
一斉に空へ舞い上がる。

 数えきれない蝶の飛翔に出逢う。


そんな2008年の体験は時とともに一部のみ、「シラサギを追って行ったら、蝶が一斉に飛びたって綺麗だった。」ということだけになっていた。
いつも蝶がいる脇道なのか伊良部島の島人に聞いても「ただの脇道だよ。」とだけ。

そして、それがいつの時期だったのかも忘れ、その後何回その脇道を通っても、伊良部島のどの道を通っても、他の島に行っても、蝶の群れの飛翔に出逢えることはなかった。

鍋底のように、いつも同じ三日月の入り口から入れば見れる景色とは違ったようだ。

その為、あれはたまたまだったのか~と思い、時は10年くらい流れ、、、

機会を得てきっかけを思い出した。
忘れていたことがあった。
その脇道にはシラサギがいなければ入らなかったのだ。

一匹の蝶に出逢った。
蝶は跳ねられて、道の真ん中で片っぽの羽を動かしていた。
私はこれ以上ひかれないように道の端へ移動させた。

シラサギはその直後に現れた、ということを忘れていたのだ!

きっかけを思い出した時、涙があふれてきた。
泣ける話だった。
そう思ったが、意外と泣けないらしい。

聞くところによると、シラサギには人を呼び込むような習性はないとのこと。
前世、鳥だったんじゃない?とも言われてしまう。



私を仲間と歓迎して招待してくれたようにも思えたし、仲間の蝶の恩返しのようにも思えたのだ。

 これは、蝶とシラサギからのメッセージ?
 これは、クルマ社会への警告?

蝶とシラサギは、私に何かを伝えたかったのかもしれない。
10年くらいたって、そう思えた。
蝶や鳥たちは、いつもぶつかってくる私たちが嫌いかな?
そして、ぶつかってしまう速度で走ることは、少し控えようと思った。
少し、地を見て走ってみよう。
蝶やシラサギとの出逢いは、私の何かを変え、自然と共生するための大切な何かを教えてくれたのだった。
車を買うのはやめよ。



2016年12月31日土曜日

はじめに

NLP(神経言語プログラミング)を学ぶ上で必要な日本語の教科書だが、欧米との認識の相違が多く、原著やEnglish.Wikipedia、実際のトレーニングを受けたことを総合的に判断し、紹介することにした。
日本で一番大きいNLPの会社はタッド・ジェームス氏のABNLPを採用しており、そこから派生した会社も多い。
また、採用した理由として、TAD JAMES CO.の教え方はきちんと現在NLPがおかれている状況、事実に即して教えている部分が多かったからだそうだ。
欧米ではNLPは数十年前から科学的根拠がない疑似科学であるとされ、パフォーマンス力を高める方法として採用されていた。
しかし、日本ではそんなABNLPの商号を使っていてもタッド・ジェームス氏の考え方などはあまり採用されていない。
最終的に学んだ人が、なぜなのか?を理解できるきっかけになれば。

2016年12月17日土曜日

なんで橋を架けるなの? ラポール=相手を真似ている状態≒共感≒調和した関係

ラポールとはなんだろうか?

面白かったのは、通訳さんの訳である。
「ラポールは相手から信頼を得るための方法になる。」
そう訳していた。

私がとある所で学んだラポールは、相手を真似ている状態 である。
ミラーリングやペーシングといった方法を用いて意識的に相手を真似ている状態。
また、English.Wikipediaさんによれば、empathy=共感という日本語が相応しいようだ。

多くのNLPを学んだことがある日本人は信頼関係と答えるのかもしれない。
それが、違うかもしれないと考える人はどのくらいいたのだろう。
私は、考えた人だった。

ラポール=信頼関係?

とすると、「信頼関係は相手から信頼を得るための方法になる。」となる。
そして、NLPのすべてに言えることかもしれないが、「こうすると、こうなる可能性がある」という言葉が秘密裏に後にくる。


その人が、この教えを信じてくれれば。
その人が、本当に変わりたいと思うのであれば。
信じるものは救われる。

ただし、多くの体験談の中でこうもいえる。
「ラポールは相手から信頼を失う方法になる。」
なぜなら、相手が自分の真似をしているということが分かった時点で、嫌悪感を覚える人がいるからだ。
こういう手法があるということを知っておくことは今後の対人関係において有意義に働く側面がある。
まず、相手が自分と同じようなそぶりをしたと思ったら、なぜなのか?を考えるきっかけとなるかもしれない。
有利に働くかもしれないし、不利に働くかもしれない。
相手がラポール、相手を真似ている状態、という手法を使っているのかもしれないと思う=自分とは違うかもしれないと気づくということである。

演じて似せていないのに 自分と似ていると思った人に対して人は好意を寄せる。
自然に似ている状態が正常な状態だとすると、演じて似せている状態は少し不自然な状態だといえる。


ラポールの手法とは、仲の良い人たちは自然に似ているという考えに基づき、自分はあなたと同じだよ思わせ、相手からの好意を受けたい時に使うものである。
通常の自分の行動を中断し、相手に合わせて演じることである。
よって、自分が嫌いな人が、自分と同じ行動をわざととったと思った時、あなたはどう行動し、どう思うだろうか。

私は、逆の行動をとるかも知れない。
この人と同じは嫌だと思うかもしれない。
この人は、自分とは違うから、わざわざ私に合わせる為に、演技をしているのかと思うかもしれない。

ラポール、なぜか日本では「橋を架ける」と言われる。
フランス語だが、実際のフランス語の訳だとそんな意味にはならない。
昔、心理学用語として時の精神科医が 患者との 調和した関係 を指す言葉として生まれた。
また、English.Wikipediaさんによれば、building rapport≒調和した関係の構築≒共感 であり、信頼関係としてしまうのは拡大解釈ともいえる。
グーグル翻訳さんを見ると、誰か日本人?が書き換えた節が見える。
実際のフランス語は rapport=報告、関係、レポート である。
日本人に馴染み深いレポートだが、実際にフランス語の発音を聞くとラポールに聞こえる、というかむしろリンゴ?に聞こえる。
結論としては、「相手を真似ている状態≒共感≒調和した関係」は同義であると言える。

恐らく、多くの部分で最初に日本にNLPを運んだ人たち、ビジネスチャンスととらえた人たちは、英語の意味を理解できなかったのだろう。
橋の骨組みが脆すぎて、工事が延期されてきたのだろう。
骨組みは、その道のプロが崩れ落ちないように施工するものである。
もしくは、誤訳させたほうが、彼らの商売にはうまくいったのだろうか。

形成,構築

とあるブログで「海外でトレーナーズトレーニング(講師を育成する講義)を受けているが、英語で話す講師の言葉が理解できなかった。」というようなことが書かれていた。
講師に「意味が理解できているか?」と呼び出されたとも書かれていた。
話す速度が速かったのだろう。
トレーナーズトレーニングはかなりの早口で進められる。
そんな日本人たちが日本で広めていったのである。
誤訳は多いはずである。

恐らく、生徒は比喩をよく使うように指示される。
その講師は心理学で使われるラポールを説明する時に、このもやもやした目に見えない共感というもの、患者との調和状態を作りだすために、橋を架ける ように(相手を真似しよう)と言ったのではなかろうか。

日本語の信頼関係を考えてみよう。
信頼関係= 相互に 信頼できている関係である。
ラポールは、考えてみると片側から架けた橋である。
よく心理学では、自分の気持ちは外に出し、相手に共感の意を伝えることが重要とされる。
悪く言えば、見せかけるということであり、ラポールにこちら側の心の状態は関係ない。

架けた後の達成されたい輝かしい願望がある。
通常、橋は両側から施工され架けられていく。


ラポールという手法を用いて相手を真似する人は、相手のことを信頼しているだろうか。
多くの場合、好意をよせて欲しい異性だったり、お金を運んでくれる相手だったり、何かを得たい、好かれたい、信頼を得たいと思っている人に用いる。
相手からは信頼して欲しいと思っていたとして、自分はどうだろうか。
そして、演技をしていたこと、仮面をつけていたことがばれた時どうなるだろうか。

そのうち、そのままシンプルに本当に似ているもの同士、気が合うもの同士の自然な関係がよいということを実感することができるかもしれない。

しかし、実際にはそんなシンプル生活は社会人生活では難しく、ラポールという手法を習わなくても相手に合わせる、少し似せるということは、すでに活用してきていた私であった。
仕事を効率的に回す為に相手の波長に合わせるよう努力すると、相手が思ったように動いてくれる可能性が高くなり、それはNLPを学ぶ前から経験により必然的に実行していた。
多くの人は意識して相手に合わせる、ラポールという相手を真似ている状態を多かれ少なかれ既に実行してきたのではないだろうか。

意識して行うラポールという手法。
無意識に必然的に実行できる状態になるまで、何かをつかめるまで、仕事においては使ってみてもいいのかもしれない。

本当に信頼を得るためにするべきことは何なのか?
相互の信頼という面において、両岸から施工される橋のような関係が望ましく、もろく崩れ落ちないように、まずは自分自身の屋台骨をしっかり築き、折れない心の強さを身に付けることが必要かもしれない。
小さい頃からの教育が、患者のいない世界を作るのかもしれない。