日本語の用語集を見ると、「必ずしも真実でない、生徒に受け入れられ、信じてくれると、NLPのプラクティショナーとしての成果を向上させることができる想定や便利なビリーフ(普遍的な価値感)。」と書いてある。
教える側からすると、「NLPの前提」を信じてくれると講師は助かる。
教わる側も、何かいいことあるかもしれない。
ビリーフは直訳すると、信念、信じること、思い込み。
ABNLPのタッド・ジェームス氏の原著を見ると、NLPでのビリーフはNLP用語であり、私なりに意訳すると 世界中で 普遍的に信じられているもの、価値観のようなものだと思う。
道徳や善悪の一般的な考えなど、世界中の多くの人に信じられていることを指すようだ。
しかし、必ずしも真実ではない想定とは、、、
もちろん日本人講師はそんなことセミナー中には言ってくれない。
言ってくれてたら、すばらしい。
分かっている人と分かっていない人とだと、会話が大変である。
プラスマイナス=0
生徒にこの印象を与えてしまうと意味がない。
生徒を混乱させ、NLPは結局なにも意味がないと思わせてしまう。
NLPは科学的である、しかし、今では科学的でない部分が多いと分かっている。
NLPは役にたつ、しかし、使い方を間違えると逆効果である。
NLPをほんとうに知っている人にあう時は、そのまま素の方がいいことが多い。
初めてNLPを学ぶ人に、このようなほんとうのことを、伝えたらどうだろうか。
教えたい情報にマイナスの情報(正しい情報)をつけると生徒は結局意味ないじゃんと思って帰っていく。
矛盾した情報を与えると生徒は混乱する。
それでは、講師は困る。
その為、正しい矛盾した情報はわざと与えない。
教えた情報、プラスの情報のみ、メリットのみを与える。
生徒はその方が、聞きやすく、分かりやすいと感じるようである。
アマゾンや楽天などで、商品の口コミを見ないで買う人はいるだろうか。
いるだろうが、私は見てから買う。
メリットとデメリット両方読みたい。
時々、いいデメリットの紹介だと思うものが時間がたつと消されていたりすることに気が付く。
商品のデメリットは説明書の最後にちょこっとだけ書かれていたりする。
商品を売る側の気持ちを考えてみよう。
講師としては、セミナー中に生徒が困った質問をすること(NLPって役にたたないんじゃない?とか)や、非協力的な状況(ワークは生徒が協力してくれないと成り立たない。)を抑制しておきたい。
すばらしいことに、日本ではそんな揚げ足をとるような生徒は、空気を読んであまりいない。
海外ではそうはいかない。
そういう時に、「NLPの前提」や生徒にあらかじめ約束させる規約は重要である。
やはり、NLPの考え方は、キリスト教から来ているのだろうか。
世界で一番のベストセラー本は聖書と考える人もいる。
西洋人にとっての馴染みある指南書である。
講師は牧師・宣教師ともいえるだろうか。
有名な人生の指南書である「7つの習慣」、実はこれもキリスト教の一派の聖書が元のようである。
今では、現在伝えられているキリスト教の教えをそのまま受け取る人は、なかなかいないだろう。
原始の宗教はかなり変更がされ、一部の人たちによって、都合よく改ざんされてきたからである。
確かに、信じることで救われることはある。
聖書に書かれている内容がすべて改ざんされたとは思っていない。
現在のキリスト教は金儲け主義に走っているように私には思える。
NLPも金儲けの手段として使われているように私には思える。
「NLPの前提」や教えをすべて世の真実と思っている人がいるのはなぜなのか?
ひとえに、NLPはそういうものだからである。
願わくば、そういう前提があることを知ってからお話ししたいものである。
現在は、プレゼンテーション方法を教える場として活用されているようだ。